考察

「国富論」を通してプロジェクトを見る(1)

労働者の在り方とは?

まさに夏真っ盛り。連日のように猛暑日が続いています。

世の中では「読書の秋」と言いますが、人力で竹やぶを開墾している肉体労働者である私にとっては、涼しくなってきた秋にこそ労働をして、作業効率の悪い夏場にはデスクワークをしたり読書する方が効率が良く、そうするべきと思っています。まさに「読書の夏」。こんな暑い日々が続くからこそ、以前から気になっていた本を一気に読破したいですね。

そこで今回目を付けたのは言わずと知れた大著、“An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations”。 近代経済学の父とも形容されるAdam Smithによって書かれ、1776年に出版された全5篇から構成される一大著作です。

本書の日本語名は「諸国民の富の本質と原因に関する研究」と訳されていますが、一般的には「国富論」という名前で知れ渡っています。

基本的には原著が英文であれば英語の原文のままで読みたい派の私ですが、今回は古典という事もあり、少しズルして日本語訳を読む事にしました。

そして、こういう時に便利なのが市立図書館。専門的な本でも有名どころはちゃんと押さえてくれているので助かります。最寄りの図書館で手に取ったのは大河内一男監訳で中央公論社から出版されている「国富論」。経験的に中央公論社の世界の名著シリーズは当たりが多かったので、こちらの翻訳本を借りる事にしました。

それでは「国富論」で気になった箇所を纏めると同時に「アダム・スミスの目線」で当プロジェクトを見つめ直してみようと思います。

第一篇

生産物の価格は「労働賃金」「土地の地代」「資本の利潤」の3つの要素で構成されており、生産物から得られた利益は「労働者」「地主」「資本家(投資家)」に分配される事になる。

文明が未開であった時代には、全ての利益は労働者が獲得していた。すなわち、山で狩猟した動物の肉・毛皮は全てその狩猟者が手にしていたのである。しかし、土地の私財化が進むと、そこに土地代が発生するようになり、利益の一部を地主が受け取る様になった。そして、文明が発達するにつれて資本の蓄積が進み、産業が興り、生み出された利益の一部はリスクを取って先行投資を行った資本家に利潤として還元されるようになった。こうして近現代の社会において生産物の価格は3つの要素によって構成される様になり、その生産物によってもたらされる富は立場の異なる3者に分配される様になる。

文明社会における富の分配について簡単に纏めましたが、アダム・スミスが展開する上記の構図を用いて当プロジェクトの目標について説明したいと思います。

当プロジェクトが目標とするのは自立・独立した生活を築く事です。それは、未開の地における「労働者」のように、自ら考え行動して、自らの生活の為に自ら生産物を獲得する。利益の一部を労働賃金として分け与えられる「労働者」とは異なる労働者像を思い描いています。

そして、現代社会に於いて未開の地の「労働者」のように自立して自由に振舞うには、労働者でありながら、自らが地主となり、資本家となる必要があると思います。その様な思いから、土地の取得を進めて、小さいながらも自らの資本で生産物を作り出す取り組みを始めるに至りました。

第一篇のまとめ

アダム・スミスの言葉を借りて当プロジェクトが理想とする労働者像について説明する事が出来たと思います。第一篇では他にも分業についての興味深い考察がありましたが、そちらについては次回以降で取り上げてみたいと思います。

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